
横浜に住んで23年。なのに今まで一度も行ったことがなかった「横浜トリエンナーレ」。
「横浜トリエンナーレ」は、横浜市で3年に1度開催される現代アートの国際展です。2001年から始まり、もう20年以上つづく知名度の高い国際美術展覧会。ちなみに、「トリエンナーレ」はイタリア語で「3年に1度」の意になります。
約3年の大規模改修工事を経て、リニューアルオープンした横浜美術館が会場のひとつなので、
大好きな横浜美術館へ久しぶりの再訪がてら、初参戦をいたしました。


「ここは、1960年代の学生運動のアジトかっ?!」
手作り感のあるあばら小屋、強いメッセージをのせた強いフォント、デモ隊と警官たちが争う映像、どこか古き時代の荒々しいエネルギーをヒシヒシと感じます。正直怖いです。
静謐で、穏やかで、心がホッと落ち着く、大好きだったあの横浜美術館の面影はどこへ行っちゃったのぉぉー(泣)
今回のアーティスティック・ディレクターは北京をベースに活躍している、リウ・ディンとキャロル・インホワー・ルー。タイトルは「野草:いま、ここで生きてる」。中国の作家・魯迅(ろじん、1881‐1936)の散文詩集「野草」を由来としています。「野草」は、魯迅の宇宙観と人生哲学が込められていて、個人の生命を高潔な存在へと昇華させ、あらゆる支配や権力に超然と向き合う作品です。
現代が直面している戦争や気候変動、差別、経済格差などの社会問題に向き合い、魯迅が生きた激動の時代から現代までの100年間に起きた歴史的な出来事を辿りながら、革命の先にある世界を個人が深く広く想像をめぐらしてゆく構成になっています。そのささやかな個人の探求は、野草の「蔦」のようにあちらこちらに根を下ろし、縦に横に無尽に広がっていき、変化しては、グローバルに深いところで繋がる未来への願いが込められています。
「キャッチーでオシャレでカワイイ!」、インスタ映えする作品を期待して行くと大ケガしますよ。
なんとなく目を背けていた、私たちが肌で感じている社会不安をアートという直球でぶつけられる衝撃。心になにかしらの爪痕を残す美術展であることには間違いありません。今回の「横浜トリエンナーレ」は、とんでもない熱量があります。私が気になった作品を紹介していきます。

Pope.L(ポープ・L)の「The Great White Way,22 mailes,5 years,1 street(Segment #1:December 29,2001)」というビデオ作品です。アーティスト本人がスーパーマンの恰好をして、全長35Kmのブロードウェイを何年もかけて這って進んだストリートパフォーマンスの記録映像が流れています。
彼はブロードウェイを「The Great White Way」と呼び、ブロードウェイおよびニューヨークという街が白人のものであるという皮肉を込めています。その道を這って進むことで、彼が黒人として直面してきた無力さと不自由さを演技として演じています。
ここで大事なのは、このパフォーマンスを見た傍観者の反応です。「ホームレス?」「頭のおかしい人?」「これはアートなの?」「嫌な気分!」「なんでこんなことしてるの?」
私は最初に見たときは、意味がわかりませんでした。白い道をただ這いつくばるスーパーマンの映像が延々と流れていて、その恰好だけで判断し、「パロディかな?」と思っていました。しかし、解説からここがブロードウェイであることを知り、あんなに大勢の人がいてにぎやかな通りで、このパフォーマンスを行う理由を考察します。すると、彼の今までの人生が垣間見えてくるのです。それを恨み節ではなくウィットに富んだ方法で、非常に体を張るパフォーマンスを長年続けていることが理解できてくるのです。
自分の思い込みや他人からの情報だけで物事を短絡的に決めつけ、足早に通り過ぎてしまうことは多いでしょう。でも、ふと立ち止まり、相手に向き合ってみる、相手の気持ちを想像してみる。そこから、今まで見えていなかった世界が急激に広がっていくのです。
傍観者のひとりとして、目の前のアートに向き合ってみる。アートから受けた刺激で生まれてくる感情を味わう。そして自分の心の内を省みる。
Pope.Lが、アートの楽しみ方を思い出させてくれました。

怖さを感じながらも、直感的になぜか腑に落ちる作品だったのが、ゴミに出されていたスーツ姿の男女。
Josh KLINE(ジョシュ・クライン)の、「By Close of Business(Maura / Small-Business Owner」「Productivity Gains(Brandon / Accountant)」。和訳は、「営業終了(マウラ/中小企業経営者)」と「生産性の向上(ブランドン/会計士)です。手前の女性がマウラさんで、奥の男性がブランドンさんですね。
3Dプリントされた、リアルな21世紀の労働者たち。資本主義がいかに中産階級労働者を使い捨てにしているかを風刺しています。Josh KLINEは、作品は表現ではなく「シミュレーション」と位置付けています。
企業に使い捨てされ、AIの導入により仕事を失った中産階級の未来の姿にみえます。
それがただの失業を意味しているだけなのか。それとも、生産性や合理性に日々追い立てられて、メンタルを崩して豊かな個性や人間性を失った姿なのか。もしくはどちらの意味も含んでいるのか。
我が身と重ね合わせてゾッとしますが、サラリーマンの共感を呼ぶであろうシニカルな作品は、「言いえて妙」な表現で思わず失笑してしまいます。
「こんな末路なんてイヤでしょう?…じゃあ、どうするっ?!」と、アーティストから私たちへの優しいクエスチョンのように思いました。



横浜美術館で展示されていた作品のなかで、一番気になった作品です。
これらはすべて、ポーランドのAneta GRZESZYKOWSKA(アネタ・グシェシコフスカ)の作品です。
特に目を引いたのは、「MAMA」シリーズ。アーティストの上半身の人形を作り、娘が母親の人形と遊ぶ姿を撮影しています。母親(人形)を土に埋めたり、化粧をしたり、タバコを吸わせたり、湖で一緒に浮かんだり。
娘の無邪気な表情とは対照的に、死体にも見えてしまう無機質な母親にもの悲しさを感じます。自分の人形を撮影しているアーティストは、存在と非存在の時間を超越する体験をし、生と死について考察しています。
私はこの「MAMA」シリーズをみていたら、「たとえ私(母親)が死んだとしても、子供たちはこの子のようにたくましく生きていくんだろうな。」と、明るい希望をもってしまいました。死はいつか必ず訪れるもの。でも受け継がれた命は、親がそんなに心配をしなくとも、ちゃんと続いていくものなのです。
悲劇を見ているようでありながら、人間の力強さを感じる、不思議な魅力にあふれた作品でした。


私が購入したチケットは、「野草:いま、ここで生きてる」鑑賞券というもので、横浜美術館、旧第一銀行横浜支店とBankART KAIKOの3会場を開催期間中であれば、別日程で楽しめるチケットになります。
また、横浜市民であれば、チケットが割引価格で購入できますので、市民のかたは運転免許証など住所が確認できるものをお忘れなくご持参ください。
開催期間中、いつでも何度でもすべての展覧会に入場できる「フリーパス」も販売されています。
詳しくは、横浜トリエンナーレWebサイトをご確認ください。

2024年3月15日(金)~6月9日(日)
横浜美術館、旧第一銀行横浜支店、BankART KAIKO、クイーンズスクエア横浜、元町・中華街駅連絡通路