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第8回 横浜トリエンナーレ②

前回「第8回 横浜トリエンナーレ」に引き続き、次なる会場の旧第一銀行横浜支店へ行ってきました。

このセクションでは、音楽、ファッション、出版、店舗、社会運動などを紹介していることもあり、横浜美術館よりもわかりやすく肩の力を抜いて楽しめます。会場では、派手な衣装を着たお兄さんがカーニバルみたいなデモ行進をしてる映像や、ライブイベントなどの映像が随所に流れていて、ファッション展示もあるので「にぎやかで華やか」な雰囲気です。
高校の文化祭のような即興感と粗削りな印象を抱きますが、会場には、ほとばしるエネルギッシュなオーラで溢れています。
そのなかでも、芸術家とは異なるアプローチで光を放ちまくっていた、お2人をご紹介していきます。

旧第一銀行横浜支店は、1929年に建設された横浜市認定歴史的建造物で、重厚な列柱と半円形のバルコニーが特徴的な横浜のランドマーク的建物です。中に入ると、吹き抜けの高い天井と大きな窓がとても開放的で、天井も壁も柱も白いクラシカルな内装は清らかでフォーマル感があり、自然と背筋がピッと伸びてしまいます。

「なにこれ…赤い文字が、怖い怖い怖い怖いっ!!」
私はヤバい所に、来てしまったのだろうか。
ライブイベントが流れているモニターのテーブルクロス、これ、ブルーシートだよね⁈
ペンキ缶は置きっぱなし、塗りかけの刷毛や筆もそのまんま⁇
「呑んべえ号」って謎の屋台まであるし、文字はマジックで殴り書きのよう。
一体なんなんだ、これは!!!
格式ある建物とこの展示との壮大なギャップ。世界大混乱…私も大混乱です。

これらは、松本哉(まつもとはじめ)さんの活動を紹介する展示になります。
高円寺でリサイクルショップ「素人の乱」を経営されている活動家です。
活動家と聞くと、「政治運動や社会運動を行って、志をつらぬくために警察とも激しく衝突。過激な発言やパフォーマンスを繰り返し、行く末は、逮捕か亡命か、それか消されちゃうんでしょ!!」…みたいなかなり偏ったイメージを持ってしまいますが、松本哉さんの活動はなにかが一味違います。
そう、フザけているのです。

松本哉さんの活動のはじまりは、法政大学時代に遡ります。
大学3年のときに「法政の貧乏くささを守る会」を結成し、「学食値上げ反対闘争」とし、3000枚のビラを学内に貼って、集会では100人以上の学生が集まり大騒ぎとなります。「カレー闘争」では、学食の前でカレーを作って売る、「こたつ闘争」では、キャンパスにこたつを出して宴会をする、「鍋闘争」では、ちゃぶ台を出して鍋を食べる…、数々のくだらない闘争(これらは果たして闘争なのか?)に支持が集まり、他の大学でも「貧乏くささを守る会」が結成されていきます。

大学卒業後に、リサイクルショップ「素人の乱」をオープン後も、駅前の放置自転車撤去に反対する「おれの自転車を返せデモ」、高すぎる家賃に物申す「家賃をタダにしろ一揆」など、思うところがあればデモを開催。2007年には杉並区議選にも出馬します。

手作り感のある屋台は、東京・杉並区の再開発計画に異議を唱える「高円寺に再開発は要らないパレード」で実際に活躍した、移動式居酒屋「呑んべえ号」。
高円寺の古き良き街並みを壊し、スマートで綺麗な商業施設を建てようとする、街の高級化(ジェントリフィケーション)を阻止するための抗議デモなのですが、コンセプトが、「再開発されていない高円寺が、いかに楽しい街かを訴えるパレードをやる」なので、メッセージ性はあれど、みんなで楽しく遊んじゃおうよ感があるのです。
松本さんの活動には一貫して、その空気感があります。悲壮感が全く無いのです。

パレードでは、バンドやDJなどのサウンドカーが3台出るわ、高円寺といえば呑み文化なので「呑んべえ号」が出動して、道中でビールやウーロンハイを出すわで、パレードは盛大に盛り上がります。もうこれはお祭りです。

松本さんの活動には「貧乏」というキーワードがよく出てくるのですが、それは、富裕層でもない、その街で暮らしている大多数の「普通」の人たちに目を向けているためだと思います。「普通」の人たちが、過ごしやすい街にするために、世の中に訴えていくこと。黙っていては、力を持つ人間たちに都合の良い社会に変えられてしまう。ちょっと違うんじゃないかなと思うところに、「ちょっと待った!」と抑止力をかけていくのです。

ただ、そのやり方は今までとは違います。
自分たちの主張を通すために争う、血を流す、そんな方法はもう過去のもの。
面白い、フザけてる、ハッピーな方法で、「〇〇をやめろ!」ではなく、「△△のほうが楽しいじゃん!」という新しい切り口なのです。人はネガティブなものよりもポジティブを好みます。結局、目を引く・足が止まる・集まるのは「明るい方」。虫も人間も一緒ですね。

また、松本さんは様々な活動を通して、世の中を変えていくというよりも、活動を通して知り合った人たちが繋がっていけるコミュニティ作りを目指しています。知り合いができて、困ったときにはお互いに助け合えるような、開かれた自分たちの世界をつくること。
そのコミュニティは日本人だけではなく、韓国人・中国人・インドネシア人などアジア圏の人たちに対しても平等に開かれています。ボーダレスで、皆ひとりひとりが自由に生きて安心して繋がっていく社会。これからの未来の形だと思います。
表面的にみると、「フザけている」「おちょくっている」ような活動が、実は、SDGsに向けた実践的取り組みなんじゃないのかと気づいたときは、ちょっと感動を覚えました。

松本哉さんは文才のある方で、書くものがとても面白いです。書籍も出されていますが、まずは、この横浜トリエンナーレに展示することになった経緯や、インパクト大だった「世界大混乱!!~」と銘打った作品を描く羽目になった話が、「マガジン9 第154回:芸術家じゃないのに芸術祭・横浜トリエンナーレに出ることになった!(松本哉)」に、面白おかしく詳しく書かれているので、ぜひとも読んでみてください。

「もっと、ヤバい奴がいるな。」

まだまだ、とびきり自由すぎる展示があるんですよ。
フリマのような、お店屋さんの佇まいなのですが、売り物・売り方がとても独特で面白い。

「大井競馬場のフリマで買った子供の絵を、服に再現してみました!絵と服を一緒に販売するので飾って一緒に暮らしてください」

「バンドTがコロナ禍から信じられないくらい値上がりしてふざけんな!本当に欲しい人に届けるなら金じゃ買えないように、作文制にしたらいいんじゃないか?プッシー・ガロアのキャップが欲しい人は、テンションのエモすぎる文学を書いて送ってください。該当者に差し上げます。そんで応募していただいた作文文学の著作権はこちらでいただき、出版した売り上げでOKじゃない?という新しい売り方を提案します」

「天然わさびを採りにいくのが好きだったのに東京に住んだら行けなくなったので、大井競馬場のフリマで500円で買った絵にわさびを描き加えて3000円で販売するフューチャー商売」

なんだなんだなんだ。
またマジックで文字書いてる系だぞ。この人、大井競馬場のフリマ好きだなぁ。
バンドキャップ文学賞?えっ、フューチャー商売ってなに?
天然わさびを採りに行けないからって、なんでこうなるの!!
私は、またもや大混乱に陥ります。

これらは、山下陽光(やましたひかる)さんの展示です。ハンドメイドファッションブランド「途中でやめる」を主宰、リサイクルショップで入手した古着をリメイクして、リーズナブルな価格で販売しています。
このブランドは2024年で20年になるそうですが、高円寺でやっていた10年は全く売れなかったそうです。でも、渋谷パルコから声がかかり販売してみたら売れてしまうという「置き場が変わるとこんなに変わる」経験をするのです。

服作りにこだわりはあるけれど、こだわりのない部分についてはちょっと視点をずらしてみる。
売る場所を変えてみたり、店舗販売にこだわらずネット販売にしてみたり、「自分の思い込みをちょっとずらしてみれば、好きなことでお金を稼げるようになるんじゃないか?」と、「商売とは?稼ぐとは?」を根本からみつめなおす活動をしています。

山下さんが売る洋服は安いです。それは、洋服を1から作らず、古着をリメイクすることで原材料費がそんなに掛からないこともありますが、山下さんの洋服はデザインセンスがアーティスティックで、とても魅力的。価格がもっと高くても絶対に売れる商品であることがわかります。でもそれをあえてやらない。
自分の好きなことで、良いものを安く売る。欲を張らない。ケチくさい商売をしない。そのための新しい方法を考える。
作家の制作物と自尊心と経済を守りながら、お客様の満足度と経済も守っていく。売る方も買う方もお互いが幸せな形です。
山下陽光さんの実験的な活動と言葉の数々は、自分で何かをクリエイションしたい人が陥りがちなナルシスト的思い込みをぶち壊し、同時に、自分の中にある新しい可能性を触発してきます。視界が広がってパッと明るくなります。

松本哉さん、山下陽光さんともに、お名前をGoogle検索すれば、ブログや記事が沢山ヒットします。
落ち込んでいる時、つらい時、もしよかったら彼らの記事を読んでみてください。元気が出ますよ。
フザけているのか?それとも救世主なのか?
こんな面白い人たちがいる日本、まだまだ捨てたものじゃないですよ!

第8回 横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで生きてる」

2024年3月15日(金)~6月9日(日)

横浜美術館、旧第一銀行横浜支店、BankART KAIKO、クイーンズスクエア横浜、元町・中華街駅連絡通路


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